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2020.12.22 心のこと・心理学

愛して・認めて欲しくて自分を犠牲にする心理について

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補償行為

 

突然ですが、私たちは誰しも「欲求」というものを持っています。
それが自己実現する上での強い意欲になったり、成長するために大きな力になります。

経営学を学ぶ時にも使われるのでご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、私たちの欲求について「マズローの欲求5段階説」というのを少しご紹介します。

 

●マズローの欲求5段階説

 

ピラミッド型をしている図を用意しましたが、この図は人間みんなが持っている「5つに階層化された欲求」と言われています。

5つの欲求は下から順にザックリ説明すると、このような欲求です。
 
1)生理的欲求 … 食べる、眠る、性といった生命維持の欲求
2)安全欲求 … 身の安全、不安からの自由、秩序や法で安全に暮らす事
3)社会的欲求 … 所属と愛の欲求、家族や組織・恋人などから愛されたい
4)承認欲求 … 尊厳や自尊心を満たしたい、評価を求め自信をつける
5)自己実現の欲求 … より一層自分らしく生きたいと自分を高め表現する欲求
 
 
そして、下の階層の欲求が満たされると一段上の欲求を満たしたいと思う、というように私たちは「欲求」というものをもって生きています。
 
当たり前ですが「眠る・食べる」といった生命維持を脅かすような状況下で『今月の営業成績が目標クリアしてるんだから褒めてよ!!』と「承認欲求」を満たそうとする人はいません。
 
まずは「生きるための欲求」を最優先で満たそうとします。そしてそれが満たされるとさらに上の欲求である「安全に暮らせる場所、安心できる組織に属する」などの気持ちが芽生え、それも満たされてやっと、周りの人に対する欲求である「社会的欲求」を持ちます。
 
 
私たちは地球という星の上で、様々な人たちと関わりながら生きています。
だから周りの人から「愛されたい」「大切に扱われたい」「よりよい関係を築きたい」という欲求を持つのはごくごく普通の事です。
 
また、自分の内側にある「分かって欲しい」「認めて欲しい」という承認欲求も持っています。
誰だって「愛されて・認められて・笑顔を向けて・信じてもらいたい」と願っているんですもんね。
 
そしてこの「愛されたい」と願う欲求を満たすために、自分自身に自信がない時や罪悪感を感じている時などに
 
何とかしないと愛されないんじゃないか?と感じて犠牲をすること
 
をしてしまう事が多々あります。
 
 

●自分を犠牲にする「補償行為」とは?

 
補償行為とは文字通り「補う・償う」という行為なのですが、例を挙げてみます。
 
「今日は仕事が落ち着いているから、早く帰れそうだよ」とお父さんが家族に伝えます。
平日はなかなか家族揃って晩ご飯を食べれないこともあり、奥さんや子供たちは「今日はホットプレートで餃子にしよう!わーい」とお父さんが早く帰ってくるのを楽しみにしています。
予定通り仕事が片付き早く帰れそうだと思った時、同僚から「せっかく早く終われたから、久しぶりにちょっと飲まないか?」と誘われ、その誘いを断り切れずにお酒を飲みに行ったとします。
 
この時、お父さんの心の中には「奥さんや子供たちが楽しみにして待っているのに申し訳ない」「裏切ってしまった」という感情がわきます。
すると、手ぶらで帰るのがなんだか心苦しく、寿司折やコンビニのアイス・スイーツなど、何かしらを買って帰ることにします。
 
このように「申し訳なく感じる気持ちを償うための行為」を【補償行為】と呼びます。
 
* * * * *
 
また、憧れていた大好きな人と初めてのデートに行くことになった日。
嬉しくてドキドキして、前日にはお風呂で体もピカピカに磨き上げ、メイクもおしゃれもバッチリにして彼を待ちますが
 
私は気も利かないしかわいくないし、話も下手で面白くないし、こんな私じゃきっと彼から愛されないはず
 
と、自分に対する否定的な気持ちや自信が持てない状態であれば、せっかくの彼とのデートでも「よく見せたい」と偽りの自分を演じます。
精いっぱい明るく振舞い、話題を提供し、彼に気に入ってもらえるように出来る限りの努力を払います。
そのかいあって彼は「楽しかったよ。僕が思ってた通り、気が利いて明るくて素敵な子だね!」と言ってくれました。
あなたの心の中は「あぁ、嫌われなくてよかった」という安堵感と同時に、どっと疲労困憊。くたびれてしまっています。
そして彼に会うたび毎回「嫌われないように」と自分の事を隠し、本当の気持ちを押し殺して自分を犠牲にして疲弊する…
 
これは「足りない部分や愛されない部分を補うための行為」である【補償行為】です。
 
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職場で自分の能力を否定されたり、営業成績が思わしくないなど「お前はダメだ!足りていない!」と否定されたり、否定はされなくとも「迷惑をかけている」「能力が足りない」と自分が思い込んでしまうと『せめて雑用だけでもやります!』というように人がしたくない事や嫌がることを引き受けてしまう事があります。
 
これも「自分が足りていないから、他で埋め合わせをしないといけない」と行動していますので【補償行為】になります。

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同じように「ハードワーク」をすることも補償行為の一つと言われています。
休むことに不安を感じたり、何かしていないと焦ってしまったり、残業をたくさんすることでしか貢献できないし…と無理をしている状態のときは、認められるため・必要とされるため・受け入れてもらうために「ハードワーク」をすることがやめられなくなります。
 
これも「そのままの自分ではダメだから、何とかして価値ある自分にならなくては」と自分を犠牲にする【補償行為】です。
 
 

●なぜ補償行為は良くないのか?

 
申し訳ないという気持ちや、自分は足りていないから…と犠牲を働くことが補償行為なのですが、私たちは日常の中で補償行為を気付かないうちにしていることがあります。(一番最初のお父さんの例は「あるある」ではないでしょうか?)
 
友達がとっていたノートを試験前にコピーさせてもらって「助かったなぁ。でも悪いことしたなぁ」と、何かお返しのプレゼントをしたり、取引先のお客様に嫌われたくないなぁと思ってお世辞をいてみたり。
 
このように、補償行為は日常の様々な面で見られ、その「行為そのものが悪い」ものではありません。
補償行為で問題になるのは、行為の『動機』となっているものが、申し訳なさの埋め合わせだったり、悪い自分や嫌われる自分は隠さなければいけないとか、自分は足りていないから…という気持ちから補償行為をしているかどうか、という事です。

気が利かなくてかわいくない私は愛されないという動機で「愛される私」を演じて、彼から良く思われるように自分を犠牲にすることはとても疲れる行為ですよね。
自分の素直な気持ちを表現できず、彼に対しても気を遣う彼女は、きっと今までにたくさん人に気を使い続けて生きてきたのだと思います。
どれだけ自分の大事な気持ちを我慢させてきたのでしょう。
「本当の私を見せたら愛されない」と偽りの自分を演じ続けるなんて、どれだけ悲しく辛い事でしょう。

また、自分は能力が足りないからと雑用やハードワークをすることで埋め合わせをすれば、いっぱいいっぱいになって潰れてしまうのは目に見えています。
自分は足りないから…と頭の中では分かっているつもりでも「なんで俺ばっかり!!」とイライラしたりもするでしょう。
どんなに遅くまで残業しても、成績を少しでも上げたとしても、足りないものを補っているという動機があるわけですから、やり遂げても達成感や喜びはなく、こんなもんか…ととても大きな空しさや虚無感を持ちます。
頑張り屋さんで燃え尽きてしまったとしたら、こんなに悲しい事はないですよね。

補償行為が良くないのは「どれひとつとって、補償校があなたにとってメリットになる事がない」という事だからなんです。

お寿司を買って帰る、彼とデートをする、雑用を買って出る、ハードワークをするという行為は、自分を犠牲にしたり償ったりする時と「喜ばせたい」「楽しませたい」「よりよくなりたい」と思って行動するときと労力的には一緒の力がかかります。
どちらも同じ労力がかかるにも関わらず、補償行為をしている時は喜びや満足感は著しく低く、体も心も疲弊するばかりです。
 
 

●補償行為をしてしまう人ほど「行動原理」を見つめてみよう

 
私たちの行動の動機・行動原理は突き詰めると『愛が恐れ』のどちらかだと言わています。
 
愛からの行動は、あの人のためにしてあげたいという喜びに繋がりますし、この仕事が好きだからハードワークをしてしまうんだよね!と達成感や喜びがついてきます。
人を喜ばせたい、笑顔にしたい、楽しませたい、大切にしたいという「愛」に基づく思いからの行動であれば、満足感や充実感とともに、行為を通して自分の心が暖かいもので満たされます。
 
恐れからの行動は、自分が嫌われることが怖い、ガッカリされたくない、惨めな思いをしたくない、失敗したくないなどのネガティブな気持ちがベースになっているがゆえに、頑張って疲弊する割には得るものが少なくてヘトヘトになったり、犠牲をして差し出しているので相手が喜んでくれていてもその喜びを素直に受け取れなかったりと、少しも満たされません。

自分自身が「足りていない」「ダメだからこうするしかない」と補償行為をしてしまっているな?と感じる方がいるならば、そんな自分の隣に自分が腰を下ろして話しかけるイメージで優しく語りかけてあげてください。
 
そのままでは愛されないって思っちゃったのはなんでかな?
あなたの価値や魅力はたくさんあるんはずなのに、それを否定しちゃうのはどうしてかな?
苦しかったけれど、あなたはもう十分に与えてきたし頑張ってきたね。
本当によくやってきたし、私はずっとあなたが頑張っていることを知っていたし見てきたよ。
お疲れ様。ありがとう。
でもね、このままじゃ大事なあなたがどんどん擦り減っちゃうよ。もっと自分を大切にしていいんだよ。
だからこれからは「愛されるため」に自分を差し出さなくていいんだよ。
 
何度も何度も、自分に言葉が届くまで、繰り返し届けてあげてください。
自分を犠牲にして埋め合わせて、心も体も疲れ切る必要はないんですから。
 
補償行為をしているな!と気付けたら、その背景にある「自己否定」「無価値感」「罪悪感」などを少しずつ癒していけばいいんです。
自分自身への誤解を解き、自分にかけた「ダメ」という呪いを解いて、愛と喜びを動機として行動できるようになりたいですね。
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