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2020.08.04 心のこと・心理学

「自立」というのは「弱さを嫌ってするもの」

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自立

梅雨明けが例年より遅い…とはいえ、8月に入って梅雨明けと同時に「ミーンミンミン」とセミの鳴き声が聞こえる夏になりましたね。
7月は雨が多く暑さもしのぎやすかったことに加えて、今年はコロナ対策でのマスクも加わって熱中症への心配もありますから、お互いに上手に夏を乗り越えましょう。

 

●弱さを嫌って身につける自立

 

突然ですがみなさんは「自立」と聞いてどんな印象をお持ちですか?
なんとなーくではありますが、キャリアも順調に重ねて大抵の事は何でも出来てしまう「カッコよくてクール」な印象はありませんか?

自立した人をイメージするとき、ぬいぐるみが大好きでふんわりしたかわいらしい雰囲気…というのを思い浮かべる人は少ないのではないでしょうか??
どちらかというと無駄口も叩かずスーツをパリッと着こなし、隙がなくてテキパキしている男性的なイメージが強いと思います。

 

私たちは生まれてすぐは【依存】の状態です。
自分一人ではトイレに行く事も食事をとる事も出来ず、全面的にお世話をしてもらわないと生きていけません。

成長するにつれて、少しずつ依存の分量が減っていき「自立」していきます。

寝ているしかできなかったのに寝返りを打ってズリズリと動けるようになり、その後はハイハイをして掴まって立てるようになりいつの日か歩き出せるようになります。
泣いて訴えるしかできなかったのに、大人の話す言葉を真似て言語を覚えてコミュニケーションの幅を広げていきます。
歯が生えて食べられるものが増え、誰かに手伝ってもらわなければ食べられなかったのに自分で食べられるようにもなって行きます。
家族だけの小さな社会から、幼稚園や学校という広い世界に飛び出して友達や先生との出会いで、知らなかった事を沢山吸収していきます。

これらの「成長過程における自立」は望ましいものですが、その自立と一緒に私たちは「望ましくない自立」もしてしまう事があります。

 

自分が成長できるように、より多くの事を出来るように、と望ましい変化や成長のために「自分でやれる事を増やす」というのは前向きな自立ですが、私たちは様々な経験をする中で傷付いたり寂しい思いをしたり悲しい痛みを体験します。

泣き虫な事をからかわれて悔しい思いをしてしまえば、歯を食いしばって「泣かないように」と涙をガマンして自立します。
人の言葉で傷付いてしまえば、その言葉に傷付かない様に自分を守る力を手にし(正論・言い返すテクニックが上達するなど)自分自身への鎧を厚くして自立を強固にします。
自分には出来ないことがあって「助けて」って頼んだのに見放されたり欲しかった助けを得られなければ、裏切られて傷付くことがないようにと人に頼らず自分で何でもできるように力をつけていきます。
自分には価値がないと感じるような体験をすれば、きちんとして弱音を見せたら嫌われるからと、ボロが出ない様に必死に自分の足で立ちます。

何でも一人でやれてしまう自立の状態になるために「弱さを嫌って自立を身につけた面」があるのであれば、それだけ自分に対して厳しく・自分に対して強い制限をかけて頑張って自立しているという事です。

 

●自立3点セットとは

 

自立というのは大人になる上で、また社会生活を送る上では大事な事です。
ですが、なんでもそうですが「過ぎる」とそれは自分を苦しめます。

自立の危険性というのはその先にあります。

依存 → 傷付いた自分を嫌って自立 → どんどん自分に厳しくなる → 孤立 → 燃え尽きる(バーンアウト)→ 死への誘惑(デットゾーン)

といった形で「自立が過ぎると燃え尽きる」事に繋がります。
自立は何でも自分で抱えて独りでやろうとし、助けを求める事が出来ません。
出来ないという事は「死」と同じくらいに屈辱ですし、できない自分の価値なんて全く感じられずに自己否定を強めます。

そもそもとして、自分には価値がないと思って身につけた自立であれば、ダメな自分はしっかりしないといけないし認められるためには頑張らなくてはいけない!と、弱みを人に見せられずにんどん自分に厳しくなります。
すると、私たちはこんな状態になります。

 

・頼れない(一人でやってしまう)
・甘えられない(ガマン強い)
・弱音を吐けない(グチや本音を言えない)

 

これは頑張って自立した人が持つ【自立3点セット】と呼ばれるものです。
あなたはこの3つを持っていませんか??
フル装備していたら、随分と自分を頑張って自立させてきたという事ですね。

 

自立というのは本来は悪い事ではありません。
けれど「弱さや痛み」からスタートした自立は、本来の自分を置き去りにしてしまうため、自立すればするほど「生きづらさ」を感じてしまいます。
過去に辛かった体験を通して「あんな思いはしたくない」と自立を強めていくわけですから、自分がどうしたいか?という大事な自分の気持は置き去りにしても「傷付かない事」を優先してしまいます。

だから、自立すればするほど本当の自分・本来の自分らしさの上に鎧を着こんだ状態になり、自分の心・感情から遠ざかって行ってしまいます。

 

●自分の痛みや弱さを嫌って身に着ける「自立」

 

依存時代に傷ついた分だけ自立は強くなります。
傷付いた事をばねにした自立はネガティブな自立です。「誰かに頼っても助けてもらえなかったから自分で何とかするしかない」「依存は辛いだけ。自分一人でできるようにならなければならない」「誰も当てにできない」という【思考】によって自分の中にある依存(欲求)を一生懸命に抑圧(我慢させる・押さえ込む)自立の仕方をしてしまいます。

 

先に「ネガティブな自立」の事を書きましたが「頼ったのに助けてもらえなかったから自分で何とかしないといけない」「辛い思いをしたから一人でできるようにならないといけない」「どうせ誰も当てになんてならない」という思いを掘り下げると、自立するための原動力は【もう二度とあんな苦しみ・辛さは体験したくない】というものであり

 

感情的には【怒り】を使って自立している状態です。

 

怒りというのは感情の中でも「パワフル」「力のある」もので、何かを成し遂げる際の大きな力にはなりますが、それだけ強いものゆえに「燃え尽きる」事にもつながります。
それだけ頑張って自立しているんですよね。

 

●正しさの争いと観念(ビリーフ)

 

傷付かないように自分を守るために身に着けた自立ですが、それを身に着けるまでに通る道で『期待』というものがあります。
過去に「期待は裏切られるの法則」という記事を書きましたが、まさにその通りに「依存しない代わりに期待したら、見事に裏切られる」という体験を通して、自立を強めていきます。

 

依存心を捨てて自立しようと思うけれど、心の中にはニーズ(要求)は隠されているので、私たちの思考は巧妙に手口を変えて「期待」というものを使います。

 

要求しても叶わないから、要求せずに「期待」するようになるんです。

 

頼んでもしてもらえない、助けてもらえないからこそ「分かってくれるはず」「してくれるだろう」とその要求をサポートしてもらいたい気持ちを自分の中では持っていて、けれどそれを口に出せずに溜め込みます。
けれど、期待というのは「相手に対して勝手に抱いている願い・思い」なので、往々にして相手には届いておらず期待は裏切られます。

そして期待が裏切られることを繰り返すことで『分かってもらえると思わない方がいいんだ』という思い込みを自分の中に作るようになります。
この思い込み、または自分用のルールの事を【観念(ビリーフ)】といいます。
私たちは自己防衛するためにさまざまな「マイルール」を作ります。それは傷ついた分だけ自分を守り・正当化するためのものなんです。

 

二度と傷つかないように、様々なルールを自分の心の中の「ルールブック」に書き込み、自分を必死で守り始めます。

 

観念(ビリーフ)は様々なものがありますが、自立時代の代表的な観念として次のようなものが挙げられます。

●誰かに頼らずに一人でやるべき
●弱音を吐くなんてみっともない
●小さなことはガマンして成長すべき

このような観念を持つことで、どんどん自分を自立させると先ほどご紹介した【自立3点セット】をフル装備する状態になり、気が付いたら本当にしんどくても助けを求めることが出来ないくなったり、頑張り過ぎて燃え尽きる寸前まで追い込まれてしまいます。

 

また、痛い思いをしたり傷ついた自分を正当化させるために様々な観念を持つわけですから、ルールを理論武装する必要も出てきます。
理論武装するために相手を言いくるめるには【正しさ】にこだわりを見せることも増えていきます。
何が間違いで、どうすることが正解なのか??ということへのこだわりが強くなります。(心理学的には「正しさの争い」といいます)

また、その正しさに固執し、負けを認めることが出来なくなります。
負けること=傷つくことなのですから、絶対に負けてはいけない!!と常に競争するような心理が働きます。

 

何よりしんどいのは「ごめんなさい」が言えなくなることです。

 

人間は誰しも不完全で、ましてや人の数だけルールや観念はあり、答えもそれぞれ違います。
ある人から見たら間違っている・またはうまくやれていないことがあってもそれを認められずに自分の正当性を主張しなくてはいけないのですから、当然のように逆切れしたり逃げたりします。
でもそうすると【罪悪感】が刺激されてしまうんですよね。
罪悪感というのは自分を幸せにさせない強く苦しい感情です。問題の裏に罪悪感あり!と言われるほどに、罪悪感は自分を苦しめるものですから、できればそれを癒して行きたいのに、自立して正しさの争いのステージで孤立すると、どんどんと罪の意識も重ねてしんどくなります。

 

●その正しさは自分を幸せにしているか?

 

ネガティブな自立の背景を見てきましたが、自立して「助けてが言えない」状態になるには、そうするしかなかった背景があるという事を見てあげることはとっても大事なことです。
私たちは誰しもが「ネガティブな要因」をきっかけに無理やりに自立した傷を持ちます。
自立の中で作られる「観念」が多ければ多いほど、細かければ細かいほど、自分も周りをも息苦しくさせてしまいます。
自分がしんどいなぁ、もう少し楽に生きられたらいいのになぁと感じた時は、自分を縛る様々な「思い込み」にたいして、こんな問いかけをしてあげてください。

 

その思い、私の持つ正義は私を幸せにしている?
私のルールは私を笑顔にできている?

 

思い込みやルールをすぐに手放すことはできなくても、気付くということがなければ手放すことはできません。
だからまずは「気付く」「知ろうとする」という事が大事です。

 

自立は「過ぎる」としんどいものですが、決して悪い面だけではなく自分にできることを自分でやろうとするための大事な力でもあります。
ですが、それが自分を孤立させてしまったり、悩みにつながるほどになっていたら、自立を少し緩めて【相互依存】のステージを目指したいものですね。

相互依存とは、自分の出来ないことは弱さを認めて助けてもらう、助けを「受け取る」事を自分にヨシと言ってあげる事。
そして自分の強みは周りを助けることに使い「与える」という事。

与えて、受け取る。win-winの関係性

 

を目指すという事です。
あなたがもし「自立3点セット」を持っていたら、ひょっとするとだいぶお疲れだったり息苦しさを感じているのではないでしょうか?
ちょっと肩に力の入り過ぎている頑張り過ぎの自分に、どうぞほんの少し「もっと楽にゆるんでいいよ」といってあげられますように。

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